【ジャパンカップ】Welcome! To Japan!

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サラブレッドは世界を回っている。

この言葉は、競馬をこよなく愛する、ドバイのシェイク・モハメド殿下の口癖である。書籍から得た知識なので、正確に意図するところは分からないが、私は

強い馬、優れた馬に国境は無い。

と解釈している。この様な馬達は自国でも、地球の裏側でも、その評価は揺るがないと思う。

殿下も仰る様に、サラブレッドを主役に据えた競馬という娯楽は、世界の至るところで開催されている。名馬の宝庫である欧米諸国、逞しい血が育まれてきた南米、大種牡馬と偉大なる馬産家を生んだカナダも忘れてはならない。

一方、アジア圏内の国々は、欧米諸国と比較すると、現在もほんの僅か、競馬的に言えば、ハナ差くらいの差でリードされている。恐らくこれは、アジアと欧米の「ウマ文化」が根底から違うことに起因していると思う。乗馬などといった娯楽としてのウマ文化が根付いていた欧米に対し、アジアのウマ達は、生きていく上で必要なパートナーという重役を担っていた。畑を耕したり、荷駄を運んだり…。糸引納豆も、馬の背中に大豆を載せ、運んでいる時に誕生したという諸説がある。ちなみに、私はこのエピソードに面白味を感じて、納豆が好きになった。

しかし、サラブレッドが世界を回るなら、娯楽も世界を回る。
アジアにもサラブレッドと競馬が渡来し、時代が進むに連れ文明も高度な発達を遂げていく。最も頼りになる存在として軒先に飼われていたウマは、競馬場という施設でしか見られない動物になってしまった。

日本は、様々な大義名分を掲げ、競馬場の馬達を進化させようと躍起になった。戦時下には、強い軍馬の育成を、それが終結すると世界に通用する馬作りを大目標に、今日まで歴史を紡いできている。

しかし、出鼻から欧米と大差を付けられていたので、いざ世界へ!と勇んでも、誰も相手にしなかった。相手にしないなら振り向かせてやる。と、世界中から名馬を買い漁り、日本に連れて帰って来たこともあった。

ただ、馬は良くても、それを飼養管理する技術、育成のノウハウが未成熟だったため、全く知らない小さな島国で、名も子も残せないまま、この世を去る世界の名馬達が多かった。

日本は名馬の墓場だ…。

悲劇にも似た状況を知った世界の人々は、吐き捨てる様に言い放った。
ある日突然、自国のヒーローを奪われ、便りも寄越さないまま亡くなった。彼らが、日本を墓場と言った気持ちも分からなくはない。

このままだと、誰も寄り付かなくなる…。

どうにかして世界と同じレベルに到達したい。熱い向上心を持つ日本競馬競馬界は、世界中の馬、そしてホースマンに門戸を開いた。1981年、我が国初の国際招待レース、ジャパンカップが誕生した瞬間だった。

北米、アジアを皮切りに、欧州、オセアニアまで至る所へ招待状を出し、様々な馬とホースマンが来日した。これまでにない華やかさを醸し出し、どこか世界の一員になれた気がしたが、肝心のレースの結果は悲惨なものだった。

ニッポンの馬が全く勝てない。

栄光は全て世界中へ持ち去られ、日本には何も残らなかった。
企画倒れ臭が漂う最中、キョウエイプロミスがもたらした希望の閃光を、勝者のスポットライトに改造したのは、1984年のカツラギエースだった。
レース直前にメンコを被せられた彼は、世界の名馬、それに2頭の三冠馬を抑え、日本馬初のジャパンカップ優勝を成し遂げた。翌1985年には皇帝シンボリルドルフが制し、日本馬が連覇。世界の尻尾を完全に掴んだまま、時代は平成へと移った。

ルドルフ以降は、なかなか優勝馬が現れなかった。しかし、1989年には、怪物オグリキャップが、ニュージーランドのホーリックスと、世界レベルの叩き合いを演じている。壁の厚さは、もう障子紙レベルだ。

その障子紙を、唾を付けてプツっと優しく破かず、格子から何まで荒々しくぶっ壊したのは皇帝の息子、トウカイテイオーだった。鞍上は岡部幸雄。ルドルフ親子と世界のOKABEが、全てを薙ぎ払った、晩秋の府中の芝生。悲愴感や悔しさが無くなり、世界一を決めようではないか!という、如何にもスポーツらしい雰囲気が溢れ返った。

トウカイテイオーが制した1992年以降のジャパンカップは、まさしく日本馬VS海外馬のガチンコ対決だった。レガシーワールド、マーベラスクラウンが勝てば、牝系の頭文字を統一する几帳面なドイツからランド、シェイクの愛馬で、後に種牡馬としても大成功するシングスピールはイギリス、全国ネットでワールドサイズの魔羅を披露したピルサドスキーは、女帝エアグルーヴを屠った。

そんな手に汗握るサラブレッドのワールドカップに、終止符を打ったのは1998年。第18回だった。

この年のダービー馬スペシャルウィーク、同年齢の外国産馬エルコンドルパサー、そしてエアグルーヴの最強3頭は、最後の直線で見事な攻防を演じた。大外最後方から、懸命に脚を伸ばしてきた、河内洋とユーセイトップランの姿にも、胸を打たれるものがあった。

名馬の墓場と罵られた時代から、国際レースの上位を独占へ…。ジャパンカップを発端に、世界へ歩み始めた日本競馬の進化は、まだ続いている。

さて、今年はドイツからイキートスとナイトフラワー、フランスからイラプトの3頭の海外馬が来日。

ようこそ、日本へ。

もてなしの気持ちを忘れず、第36回ジャパンカップを楽しみましょう。