【追憶の名馬面】ロジータ

1989年中山オールカマー。役人が勝手気儘に拵えた2重競馬の壁は思ったより厚いもので、同じサラブレッド、同じ騎手なのに、好き勝手に近所の中山や東京で走ることは出来ない。このオールカマーという重賞競走を含めた、ほんの僅かな競走のみ出走を許されていた。格はGⅡ。しかし、各地に散らばるサラブレッドと騎手にとっては檜舞台である。

初めて走る鮮やかな緑の芝生で彼女は果敢に先行策を採った。手応え抜群、絶好位の3番手。野崎の手はまだ動いていない。これなら勝てる…。期待が高まり迎えた直線、外から楽に並びかけ、突き抜けるシーンが流れるはずだったが、彼女にいつもの伸びは無かった。中山名物の急坂の手前で、一頭の灰色の馬が寄ってきた。その灰色の馬は、ステッキを入れられることなく、坂を登り、彼女を突き放した。

勝った灰色の馬は、笠松から上り列車に乗って、都会に引っ越すと、鬼神の様な走りでライバル達を痛め付け、見事に都会でスーパースターになった馬だった。

下り列車が入線してくる。時節柄、一頭ではなく、大勢の新しい入居者と一緒に、彼女は川崎に戻ってきた。次に目指すは東京王冠賞。自分を待ってくれていた南関の人々に歴史的瞬間を目撃させなくてはならないのだ。芝生の緑の鮮やかさの余韻に浸っている時間など彼女には無かった。

三冠目、東京王冠賞。距離はダート2600。最後の一滴まで力を振り絞ることを要求される最後の関門。果たして牝馬が三冠を制するのか…?

2周目の向こう正面。少しずつ進出を開始。4角はいつも通りの楽な手応えで回り直線へ向かう。気ままに走らせていた野崎のステッキが早くも唸った。反応が鈍い。流石の彼女でも2600はキツかった。それでも残された力をどうにかして絞り出し必死に走った。鼻先、頭、体半分と徐々に前へ出る。あと100mだ。内でバテたと思っていた本間のトウケイグランディが出し抜けに伸びてきた。蘇る川崎の敗戦。あの時も、やった!と思った刹那に内から掬われた。

残り50m過ぎ。砂の神さんが微笑みかけたのは彼女だった。1馬身差つけて飛び込んだゴールは、三冠制覇のウイニングポストだった。彼女にはチョイと申し訳ないがトウケイグランディも称えたい。あの最後の急追した姿はカッコよかった。野郎の意地がヒシヒシと伝わってきたぞ。お前はよくやった。

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