【勝手気馬馬なはなし】星の馬とお餅

読者の皆様。
新年、明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。

昨年のクリスマス。愛も金も失い、無残にも散った筆者は、近所の園田競馬場に入り浸る。という、世間の常識から100万光年離れた年末年始を過ごしました。
しかし、傷口は閉じるどころか、さらに広がる結果に…。2017年もロクな年にならんな。と、涙目で悟りました。
大晦日の園田最終レース後から酒を飲み始め、起きたのが翌日の夕方。新年はとっくの昔に明けていた様で、只々、気分が悪い、締まりもへったくれもない2017年の元旦でした。

うなされながら見た初夢は、園田のゴール板前で、100円の複勝を握ったまま崩れ落ちる。という、現実的な夢で、更に気分が悪くなった。このバカ者は、もう救いようがないですね。

私のクズみたいな年末年始譚はさて置き、一般的に、初夢で見られたらラッキーとされているものとして「一富士二鷹三茄子」という思想があります。
残念ながら、私は欠片も見られませんでしたが、ふとフジ、タカ、ナスビ、あと正月らしい名前をもった馬はいないか?と、気になりました。
調べてみると、さすが色とりどりなお名前を与えられるサラブレッド達。フジヤマもタカもナスビもいました。

一富士二鷹三茄子からは、フジヤマを紹介しましょう。
初代三冠馬セントライトの血を受け継いだ、1964年生まれの栃栗毛の牝馬に存在しました。更に母方の血統を繙くと、あの月友の名が。オートツキ、ミハルオーといったダービー馬を送り出した、日本競馬の創成期に活躍した名種牡馬です。
この月友のお母さんは、星友という牝馬。競馬の歴史が好きな方なら、ご存知かと思います。

かつて下総にあった官営の牧場、下総御料牧場が、1931〜1932年に、海外から輸入した星友、星旗、星若、星谷、星濱、星富。この6頭の繁殖牝馬は、別名「星の馬」と呼ばれ、今日まで語り継がれています。
社台ファームを興した吉田善哉さんは、幼少の頃、実際に星の馬達をご覧になったそうで、星空を見上げ、星の馬達を回想していた。というロマンティックなエピソードが残っています。

月友をはじめ、それぞれの星から素晴らしい後継馬達が誕生し、日本競馬の馬産レベルの向上に、大きな貢献を果たしました。
例えば、ここまで美しい栗毛のサラブレッドが、この世に存在するのか!と、今でもファンに大切にされている貴公子、テンポイント号も、血筋を繙けば、星の馬達が現れます。
彼の母ワカクモを辿ると、丘高、月丘、星若へ辿り着きます。星から月の丘へ。昨今の小洒落た洋風の名前にはない、詩的な美しさを感じます。

大いに脱線しました。気を取り直して、正月らしい馬に戻りましょう。

お餅と凧。これは、小田切軍団のお馬達の中にいらっしゃいました。名前はそのまま、モチとタコです。
タコ号は、条件戦止まりでしたが、モチ号は皐月賞にも出走しましたね。
モチ号といえば、やはり2007年の若駒S。小田切さんの狙い通り(?)、実況の電波に乗って、彼は私達を楽しませてくれました。

モチ粘る、モチ粘る、モチ粘る!

あの実況には、笑いを堪えられなかった。まさか競馬場で、餅つき大会の音頭を耳にするとは思いませんでした。
人伝に聞いたことなので、真相は定かではありませんが、何かのイベントで、社台ファーム代表の吉田照哉さんが、この実況のモノマネをされたとか?
名馬産家をも楽しませたモチ号。GⅠ勝ちといった実績はありませんが、ずっと記憶に残り続ける名馬でしょうね。

仰々しく【勝手気馬馬なはなし】と銘打って、書かせていただきましたが、馬的なことが思い付いたら、こんな感じでコッソリやっていきたいと思います。追憶の名馬面共々、チラ見で宜しくお願い致します!