競馬以外のことについては、限りなく無知に近いので、世の中の流行り廃りに付いて行けないでいる。○○という女優さんが可愛い。△△の新曲はイマイチだった。この様な話題を振られても、私は、へぇ…と、どちら付かずな返事しか出来ない。そんな無知蒙昧な私でも、ハリウッドは映画の街。という事は知っている。
サンタモニカ丘陵のリーという山にデカデカとHollywoodの看板を設えた街。
そないアピールせんでも分かるやろ。と、山が苦笑いしてそうだが、テメェの街を売り出す策として、これほどインパクトのある方法は無いと思う。ただ、"映画の街"という知識だけで、何の映画を撮っていたのかは、知らない。唯一、始まりから終わりまで飽きずに鑑賞出来た洋画、シービスケットもハリウッド作品なのだろうか?
寝ても覚めても馬、馬、馬な私は、ハリウッドというと、映画の前にハリウッド・パーク競馬場を思い浮かべてしまう。写真でしか見たことはないが、如何にもアメリカ的な、眩しい太陽がサンサンと照らす明るい競馬場だった。
このナイスな競馬場で、我が国のサラブレッドが、名だたる映画俳優達を差し置いて、人々の視線を独占した事があった。
青毛の馬体が美しかったシーザリオ。
2002年3月31日、安平町で産声を上げた彼女の父は、90年代の終わりにウマキチのハートを鷲掴みにしたスペシャルウィーク。母のキロフプリミエールは、欧州競馬界が誇る大種牡馬、サドラーズウェルズの娘で、現役時代は、アメリカでラトガーズHという、芝11Fの重賞を制した。
この母のボトムラインには頭文字が「P」で統一された血が流れている。もしや、と思い調べてみると、やはりドイツという国が現れた。ドイツ競馬界には、牝系の頭文字を統一する、という几帳面な慣わしがある。Aで始まったならA、Bで始まったならB、とキッチリ揃えるのだ。管理のし易さと、続けば続くほど血筋に重厚感がもたらされる、などのメリットがありそうだが、小田切軍団を愛する私としては、名前の独創性を欠くのではなかろうか?と、少し疑問に思う。(お馬さんにタコと名付ける、あのセンスをドイツのファンが見たら驚くかな?)
話をシーザリオに戻そう。
2004年、栗東の角居勝彦厩舎に仲間入りし。12月15日の阪神競馬場でデビューし、見事に初陣を飾った。しかし、この当時は、そこまで騒がれる様な馬では無かった。
その名が競馬界にジワリと知れ渡ったのは、年が明けた2005年1月9日。中山で行われた、寒竹賞という500万下のレースだった。(寒竹賞を外した。カンチクショー!…往年のシャレやねぇ)
後にトップクラスのサラブレッドになる、アドマイヤフジやダンスインザモアらをここで一蹴。才気溢れる走りと、スペシャルの娘。という要素が、ファンの心を奪った。
私がシーザリオの存在を知ったのはこのレースの後に出走した重賞フラワーCだった。追い出されると弾む様に伸びて2馬身半差の快勝。やや幼い一面が残ってはいたものの、春のヒロインになる才能を確かに感じさせる走りだった。
兎に角、カッコいい。そして走れば強い。あっという間に惚れ込み、ファンになった。
このシーザリオの手綱を握っていたのは、福永祐一。
馬に乗れば記録を更新する武豊という巨人に、若手グループの旗頭として挑み続けていた彼はこの年、GⅠ開幕戦のフェブラリーSをメイショウボーラーと制し、春はモテ男だった。シーザリオの他に、ラインクラフトというお手馬が彼の元にいた。2歳時から素質の高さを認められていた才女である。シーザリオが重賞初制覇を達成する一週前に、彼女はトライアルのフィリーズレビューを快勝し、桜花賞の有力候補に挙げられていた。
どちらも手放したくない。という贅沢で悩ましい状況のまま、福永は桜花賞の日を迎える。
65回目の桜の舞台で、悩める若者が選んだパートナーは、先に約束を交わしていたラインクラフトだった。シーザリオの鞍上には、公営愛知の名手、吉田稔が騎乗する事になった。
当時は、スペシャルの子がGⅠで主役を張る!という事に騒いでいただけだったが、今、改めてこの時の福永を見て、私は、あの馬を思い出してしまった。シーザリオの父、スペシャルウィークの同級生で、若き日の福永に、初めてダービーの舞台を経験させ、頭の中を真っ白にさせたアイツ。古馬になり、柴田善臣騎乗で2000年の高松宮記念を勝ったエメラルドグリーンのアイツを、福永はディヴァインライトの上から見ていた。
「一番いて欲しくない馬が前にいた。」
私はジョッキーでも何でもないが、この宮記念で福永祐一が味わった悔しさは、何となく分かる。
似た様な現象、と言えば彼に怒られるかもしれないけど、この様なシーンは馬の上だけでなく、普通に生活していても結構な確率で遭遇する。そして、それを糧に奮起するか、それとも拗ねて腐るかで、その後の道が決まると思う。
私は後者の道を選び、今のところ腐った性格で日々過ごしているが、福永は腐らなかった。懸命に腕を磨き続け、トップクラスの更に上の位置まで登り詰めたのだ。
そんな彼に再び与えられた試練。クリア条件は、ラインクラフトで桜花賞を勝つ。の一択しかない。
一方、この物語のヒロイン、シーザリオは、この桜花賞が初の大舞台。彼女もまた、歴史に名を残すために、この桜花賞を勝たなくてはならない。鞍上の吉田も、自慢の卓越した騎乗センスを、大舞台で見せつけてやる、と燃え上がったことだろう。
一時的に、袂を分かった一人の名手と、一頭の少女の桜花賞が始まった。
花風に乗って、テイエムチュラサンが出を伺うところへ、外からモンローブロンドが佐藤哲三に気合を入れられ競り掛けて行く。12.2-10.4と、ワープでもする様なラップタイムを刻んだ先頭2騎。その賑やかさにつられたのか、3番手グループにいたアドマイヤメガミ、デアリングハートもやや騒がしい走りを見せていた。
ラインクラフトはその後ろ。福永はガッチリと手綱を抑え、ここはメインステージやない!と、パートナーを諌めていた。
桜のティアラを目指し別の馬と奮闘する福永の背を、シーザリオは中団馬群の真っ只中で見ていた。このまま先行勢がガチャガチャとやり合えばスポットライトを独占出来る、抜群のポジショニングだった。
しかし、前を行く賑やかな少女達の脚色は衰えない。モンロー、チュラサン、デアリングの隊列は変わらないまま勝負所に差し掛かる。すぐ後ろにいたラインクラフトは外からカシマフラーに被され、一瞬進路を失ったが、モテる男は冷静に振る舞い、何事もなかったかのように外へ持ち出した。
最後の直線。ここまで花宴の音頭をとってきたモンローブロンドを、デアリングハートが一気に捕らえる。それを見た福永は絶妙なタイミングで、ラインクラフトにGOサインを出し、競り合いに持ち込んだ。
その後ろからシーザリオと吉田稔がスパート。公営ジョッキー特有の荒ぶる豪腕に追われ、青毛の少女も弾む様に加速する。
坂の上、ラインクラフトがデアリングハートを競り落とし先頭に立った。カメラがヒロインにならんとしている鹿毛の少女馬を映した時、外からシーザリオが割り込んで来た。
最後の最後まで、息つく間も与えなかったデッドヒートの結果はアタマ差、ラインクラフトと福永祐一に軍配が上がり、シーザリオは2着に敗れた。桜花賞馬となったラインクラフトは距離適性を考慮し、オークスではなくNHKマイルCに挑んだ。鞍上は福永。桜の女王は、マイル王を夢見る血気盛んな若い牡馬達を一蹴し、桜花賞→NHKマイルCという、変則二冠を達成。この道を競馬界に敷いた、あのパイオニアも驚く快挙を成し遂げた。
シーザリオは女王路線を歩み、第66回オークスの出走馬に名を連ねた。
敗れはしたが、終いの驚異的な追い上げを見せたスペシャルウィークの娘は、父も制した春の府中12Fの大舞台で1.5倍の圧倒的一番人気に支持された。
手綱を握るのは、福永祐一。4年の歳月を経て悔しさを晴らした彼に、競馬の神さんが次に課した課題は、オークスを勝って春を極めろ。だった。
ポンッと好スタートを決めたエイシンテンダーがハナを奪取。ドスローの流れへ持ち込み、マイペースにレースを組み立てた。シーザリオは、手綱を抑えられ中団やや後ろ。4、5馬身前には、この年、トンデモナイ記録を打ち立てることになる武豊騎乗のエアメサイアがいた。
如何にも淑女然たる素振りで、静かに追走するメサイアに対し、少し喧しいシーザリオ。
共に名家の娘だが、馬場の上では正反対の性格。この辺りもまた、競馬の愉快さだと思う。シーザリオと同じ服色、同じ厩舎で、アメリカの名手、ケント・デザーモにエスコートされていたディアデラノビアは、もっと喧しかった。
欅前を過ぎても依然エイシンテンダー武幸四郎は快調な逃げ。このまま行けば、兄に続き、弟も父にGⅠのタイトルをプレゼント出来る良い走りだった。
テンダーが1馬身ほどリードを保ったまま、最後の直線。誰も脱落することなく、決め脚勝負の流れで、未知なる世界へ入った。
後続を最大限引きつけて幸四郎がスパートすると、エイシンサンディの娘は粘りのある末脚で、ジワリ、ジワリと引き離しにかかる。坂の下、馬場の真ん中を通り、逃げる弟を目掛けて兄貴のエアメサイアが来た。その外にいたディアデラノビアも賑やかに伸びる。
この3頭で決まる形になろうとした時、大外から真っ黒な馬が、例の弾むような脚で、伸びてきた。
残り200。エイシンテンダー懸命の二枚腰。そこへ鋭く突っ込んできたエアメサイア。武兄弟のワンツーで決まるかと思われたその刹那。溜めに溜め、限界ギリギリまで研ぎ澄ました鋭い脚を、一瞬だけ真っ黒な馬は繰り出した。そこがウイニングポストだった。
一冠目の桜花賞に続き、最後の最後まで決着のシーンが読めなかった好レースを制したシーザリオは、見事に66代目の樫の女王に就任し、激闘の春を締め括った。
父がダービーを制して7年後。優駿競走覇者のDNAを受け継いだ娘が、世代の女王に君臨した。
スペシャルウィークのファンだった人々は、歓喜に酔い痴れたことだろう。グラス、エルコン、キング、スカイよりも先に、スペシャルがクラシックホースの父になった!この事実を受け、最強馬は誰か?という議論が再び熱を帯びたのは、想像するに難くない。(憚りもなく言わせてもらう。やっぱりスペシャルがNo. 1だ!)
世代の女王に就任したシーザリオは、海の向こうへ視線を向けた。目指すは、アメリカ西海岸のハリウッド・パーク競馬場。ここで開催されるアメリカンオークスへの参戦を表明。冒頭で触れた、映画の街へ、日本代表として殴り込みに行く事になった。
3歳、それも牝馬がクラシックを走り終えた春に海外遠征。一昔前、日本競馬界が「名馬の墓場」と馬鹿にされていた時代には考えられない出来事である。
その先人、先馬達が、道を切り開いた結果、彼女が現役時代を過ごした時分の日本競馬は、既に海外諸国に確と認められた競馬先進国に成長していた。このアメリカンオークスも、前年、桜花賞を制したダンスインザムードが挑戦している。なので、海外遠征について別段特別な感情を抱くシーンではないのだけれど、このシーザリオのアメリカ遠征は否が応でも胸が高まった。
スペシャルウィークの子供が海外チャレンジ!
99年。宝塚記念で宿敵に敗れ、海外遠征が泡沫の夢と消えた父。その無念の想いも乗せ、シーザリオは、2005年7月3日、アメリカの地に降り立った。
第4回アメリカンオークス招待S。ホームのアメリカから6頭、イギリス、イタリア、アイルランドの欧州グループから5頭、そして日本からのシーザリオを加えた12頭の少女達がハリウッドのグリーンカーペットの上に立った。
この中に、イスラコジーンとシンハリーズ(共にアメリカ馬)という馬がいた。後にシーザリオと共に、日本で優駿の母となる馬達がいたというのは何か不思議な縁を感じてしまう。
我らがシーザリオは、地元アメリカのメリョールアインダに次ぐ2番人気。日本競馬をトップクラスへ押し上げたサンデーサイレンスをはじめ、数えればキリがないくらいの名馬を生み出したアメリカという国で「この馬は勝つかも知れない…いや、マジで…。」と、高く評価されたのは、誇るべき事実だと思う。
爺ちゃんが生まれた国で、日の丸を掲げる。青毛のヤマトナデシコは、眩しいカリフォルニアの空の下へ飛び出した。
内からザッツワットアイミーン、イスラコジーンが主導権を争う。福永はその後ろにシーザリオを導いた。1角から2角を抜けると、イスラコジーンがマイペースの独り旅。ナカタニを背に、3~4馬身ほどリードを保ち、羨ましさすら感じさせる気持ちの良い逃げっぷりを披露した。
1馬身差ほどの間隔を保ち前を行く3頭。以下は一団といった隊列でレースは進む。この穏やかな時に、終止符をうったのは我らがシーザリオ。先に動いたザッツワットの勢いを軽く凌駕し、3角前で先頭に立った。ジャパンのフィリーの勇ましい進軍を見た、アメリカのウマキチ達から歓声が上がる。
4角から直線。シーザリオと福永祐一のショータイムが始まった。日本で走っていた姿と全く同じ、追えば追うほど弾むように伸びる。最高潮に達した場内の盛り上がりは、マイクロフォン前で実況するアナウンサーにも伝播する。
日本の凄い馬だ!シーザリオ!!
熱過ぎる名実況とナイスなファンの歓声に応え、青毛のヤマトナデシコは、頂点に立った。果敢に挑んでいったシンハリーズは3着、共に先団でレースを作ったイスラコジーンは9着。この馬達から可能性を感じとった社台グループの感度には、毎度ながら脱帽する。
日米オークス馬、という誉れ高いサラブレッドになったシーザリオ。しかし、世の中、良いことばかりではない。このレース中、彼女は系靭帯炎を発症していたのだ。負傷しながらあのパフォーマンスを見せるとは…。改めてこの馬の才能に驚かされる。
帰国後はレースに出ることなく療養生活を送ることになった。一度は治り、復帰を目指して鍛錬を重ねたが、再び同じ病を患い、2006年4月19日、競走馬生活に別れを告げた。
故郷のノーザンファームで母になったシーザリオは、2010年、シンボリクリスエスとの間に男の子を授かった。自身の手綱も取った福永祐一に導かれ2013年の菊花賞を制覇、古馬になってからはベルギーのやんちゃ坊主クリストフ・スミヨンとコンビを組み、ジャパンカップのタイトルも手に入れた。
時は流れ2017年、熱狂と歓喜に包まれたハリウッド・パーク競馬場は、もうそこに存在しない。しかし、シーザリオの姿を見て、日本の競馬にハマった、アメリカンなウマキチ野郎はいると思う。
そこで私は、一つの夢を抱いた。
ハリウッドのウマキチ達と、ハリウッドサインに向かってあのセリフを叫ぶ。手にはバドワイザー、或いは土産で、日本の名酒、ワンカップ大関を振舞ってやるのも良いだろう。
「Japanese Super Star!! Cesario!!!!!」
素晴らしいサラブレッドが存在した時間を共有出来れば、国も言葉も関係ない。