1992年と1993年の安田記念を優勝し連覇を果たし、さらに1993年の天皇賞秋を制したヤマニンゼファーが16日朝、老衰のため死亡したことが明らかになった。29歳であった。
ヤマニンゼファーの通算成績は20戦8勝[8-5-2-5]。うち重賞は4勝。安田記念と天皇賞秋外にも、1992年と1993年のスプリンターズSでは2年連続で2着に入着するなど、スプリント路線でも活躍した。
1993年のスプリンターズSを最後に引退し、その後は種牡馬として活躍。種牡馬としては2000年に武蔵野Sを優勝したサンフォードシチーや、2002年に東京オータムジャンプを優勝したヒゼンホクショーなどの重賞馬を輩出している。
父は、安田記念とマイルチャンピオンSの勝馬で天皇賞秋3着のニホンピロウイナー。父と同じく安田記念を制し、天皇賞秋で父仔2代に渡る距離の壁への挑戦した。天皇賞秋では壮絶な叩き合いになりながら決して抜かせなかった。父が果たせなかった舞台で仔がこれまでにないくらいの勝負根性を見せて優勝した姿に感動したファンも多いのではないだろうか?
当時JRAが作成したヒーロー列伝のヤマニンゼファーのポスターで「そよ風(ゼファー)、というには強烈すぎた。」というキャッチコピーがあったが、まさに力強いその走りはそよ風などとは呼べないものだった。天国でも自由に風を切って走り回ってくれている事を祈るばかりだ。心からご冥福をお祈りします。ヤマニンゼファー号、お疲れ様でした。