10月8日(日)は東京競馬場で「毎日王冠」が開催されます。世代によるかもしれませんが、毎日王冠と言えば1998年の「サイレンススズカ」を思い浮かべる世代も多いのではないでしょうか?競馬全盛期の90年代の競馬を楽しんできたファンにとっては、毎日王冠を語る上では欠かせない馬でしょう。
筆者は1998年の毎日王冠をリアルタイムで見ることはできませんでしたが、多くの諸先輩方からその内容を度々聞かされており、これまでの日本競馬史上稀に見る内容のG2レースであったことからも、筆者のようにリアルタイムで見れなかったファンたちにもぜひとも知っておいていただきたいレースであると感じております。ということで、今回はそのサイレンススズカが優勝した1998年の毎日王冠のお話をしたいと思います。
G2レースに13万人が押し寄せた?!前代未聞の観客動員数
昨年2016年の有馬記念はクリスマスの日とかぶってしまったこともあってか入場人員は大台に届かずの9万8626人でしたが、有馬記念と言えば例年10万人以上の入場者数を誇る中央競馬最大のビッグイベントとして有名です。そんな有馬記念の動員数と同等の、もしくは近年の動員数からすればそれ以上とも言える13万人という観客が、1998年に開催された「第49回毎日王冠」に集まったのです。
昔からG2にしておくには惜しいほど好メンバーが出走してくるレースではありましたが、G1でもない毎日王冠に一体なぜこれほどまで観客が集まったのでしょうか?それもそのはず、この年最大級に注目を集めていた3頭の有力馬「グラスワンダー」「エルコンドルパサー」「サイレンススズカ」が一挙に揃い、直接対決となったのです。
グラスワンダーはここまで無敗の4連勝で、京成杯と朝日杯の3歳重賞を2連勝。しかし骨折により休養を余儀なくされており、この毎日王冠は約10ヶ月ぶりの復帰戦でした。エルコンドルパサーもここまで無敗の5連勝で、ニュージーランドTとNHKマイルCの4歳重賞を連勝。グラスワンダーが怪我で不在の中、「世代最強はオレだ」と言わんばかりの活躍ぶりを見せておりました。
しかし、これほどまでに強い2頭をおさえて当日1番人気に推されたのは異次元の逃亡者の異名を持つサイレンススズカでした。その異名の名の通り、毎日王冠までの近5戦は全て逃げ切り勝ち。前走の宝塚記念ではステイゴールドやエアグルーヴの猛追を振り切りG1初制覇を達成。下級条件ならまだしも、G1戦線においても逃げる競馬でこれほどまでに強い馬は珍しく、その圧倒的なパフォーマンスの違いが毎日王冠の当日の人気の背景にあったのです。
春のグランプリを圧倒的な逃げで制し、現役最強馬に名乗りを上げたサイレンススズカを相手に、無敗の新鋭2頭がどのような競馬を見せるのか?3強対決の行く末を見ようと13万人の観客が集まったのです。当時、天皇賞秋には出走制限があり、外国産馬であるグラスワンダーとエルコンドルパサーは同競走に出走できないということもあり、この夢の3強対決は同競走のステップである毎日王冠でしか実現することができませんでした。このような背景によりレースの希少価値が高まったことも、多くのファンの関心を集めた要因の1つと考えられましょう。
そしてついに13万人の観客が見守る中、レースが開催。2枠2番と内枠を引いたサイレンススズカが、大方の予想通りハナをきってレースは始まったのです。
直線に差し掛かってからの歓声、それはもはやG2レースのものではなかった
59kgというトップハンデを背負っていたにも関わらず、快調に飛ばすサイレンススズカ。直線に入っても鞍上の武豊騎手は手綱を持ったまま。この直線に入った時の歓声はもはやG2レースのものではありませんでした。
グラスワンダーは早仕掛けが祟ったか伸びずに5着に沈み、スタミナ豊富なエルコンドルパサーもその猛追虚しく2着に敗れました。終わってみればサイレンススズカのワンサイドゲームで、2着馬のエルコンドルパサーに2馬身半差という着差を付ける快勝でした。宝塚記念で実力に疑問を投げかけていたファンや「勝って来たのは相手が弱かったから」という意見を一蹴するほどの内容で圧勝したのです。エルコンドルパサーに騎乗していた当時の蛯名正義騎手に「影さえも踏めなかった」と言わしめたのも有名な話です。
レース後大歓声が沸き起こる東京競馬場。サイレンススズカの鞍上の武豊騎手は地下道へは向かわず、芝コースを通りスタンド前に戻り、ファンの声援に応えるかのようにウイニングランを行いました。何度も言いますがこれはG1レースではなくG2レースです。G2レースでウイニングランが行われるなど異例ですが、その行動には全く違和感がなく、今でもそのウイニングランの価値の高さは語り継がれているほどです。
ハイレベルなレースとなったこの年の毎日王冠は、多くのファンの記憶に残る名レースとなりました。決して負けた2頭が弱かったわけではないことは今誰もが知るところ。グラスワンダーは同年の有馬記念を制し、その後もG1戦線で活躍し通算でG1を4勝するまでの名馬に。エルコンドルパサーはこの後のジャパンCを制し、フランスのG1サンクルー大賞優勝、凱旋門賞で2着に入着するなどの活躍を見せております。
まだ若い3頭でしたし今後の再戦を楽しみにしていたファンも少なくなかったでしょう。しかし、続く天皇賞秋でサイレンススズカのよもやのアクシデントによって、この3強対決は二度と実現することはありませんでした。サイレンススズカだけでなく、エルコンドルパサーとグラスワンダーもこの毎日王冠が最初で最後の対戦となり、1998年の毎日王冠は時代が変わった今なお伝説として語り継がれるレースとなったのでした。