これは2002年か2003年の話。余りにも藤田騎手に関する話が多いので、定かではないのだが、間違いなく2002年・2003年のどちらかの年の夏競馬で、新潟での騎乗が終わった日の雑誌とのタイアップ企画の時の話。その場所には、某競馬新聞の本紙記者や、止まり木ブルース等の著書で知られる塩崎利雄氏などがいた。藤田騎手は時間通りにご機嫌で来た。
大のビール好きの藤田騎手。先ずはみんなで仲良く乾杯。しばらく、その日の騎乗馬の話などを淡々と笑顔で語る藤田騎手。それと並行して雑誌社の取材も順調に進んでいた。意外に藤田騎手は礼節を非常に大切にする騎手で私はこの時、会ったのは2度目だったが、しっかりと覚えてくれていた。あの日は寒かったよなあ。冬でもビールはやっぱりおいしいねん。と話していたのを私も思い出した。
急に藤田騎手が機嫌が悪くなった。理由は素人でも聞かなくてもわかる事を雑誌社の関係者がしつこく何度も聞いた為、遂にプッツンした藤田騎手はテーブルを危うくひっくり返す寸前だった。その場は凍り付いたがなんとか、その後、藤田騎手も機嫌が良くなり、最後はまた飲もうねとなったのだが、スイッチが入ってしまうと藤田騎手のコントロールは難しい。藤田騎手取り扱い説明書が欲しいくらいとよく、関係者の間では言われていた。普通に取材や食事をする分には至って普通のジョッキーであり破天荒な人間でもない。面白く、ファンからも慕われる兄貴分みたいな存在だ。