極端な脚質を武器に戦う馬は、戦績問わず魅力に溢れている。
例えば大逃げ。ゲートを出た瞬間に、ライバル達を置き去りにして、独り別次元へと駆けんとする姿は、見ていて少し羨ましくなる。
百発百中で決まるということではない。しかし、結果はどうあれ
恐れず、ひたすらに前へ進め。
と彼らは私達を鼓舞してくれる。
大逃げの逆、最後の直線に全てを賭ける後方一気タイプの馬達はいつでもスペクタクルだ。
届くのか?そんな位置から!と、私達をハラハラさせる彼らは
何があっても一度は脚を使え。例え届きそうになくても。
と、やはり鼓舞してくれる。
大逃げと追い込み。両極端な位置に存在するこれらの脚質はよく人生に例えられる。栄華を満喫する者ならそれが続く事を願い大逃げに託し、ここから1発と刃を研ぐ者なら追い込みに心を動かされると思う。
私は、いつまでも後方でダラダラしているダメ人間である。周りの同世代が社会的に出世したり、家庭を持って月並みの幸福に浴している姿を、澱んだ後方から半ば拗ねた眼差しで見ている。
表面上は、別段構わない。と強がっているが、馬券が外れた時などは強烈な寂しさに苛まれたりする。それでも、特に何をすることもなく、また下流で酒を煽り、悶々と過ごす。この辺りは、本当にクズみたいな人間だな、と我ながら情けなく思う。
このダメ人間症候群が悪化し始めると、私は追い込み馬達に全てを託す。馬からすれば実に迷惑な話だが、埒を乗り越えて胸ぐらを掴んでくる様なお馬さんは今のところいないので、この先も託し続けるだろう。
後学を含め、様々な追い込み馬と知り合った。吊りハミの王者、京都で滅法強かった黄色いメンコのアイツ。色々な馬がいるけれど、その中でもやはりデュランダルが1番好きだ。
フランスの叙事詩「ローランの歌」に登場する、英雄ローランが持つ聖剣の名を与えられた栗色のサンデーサイレンス産駒は、その名の如く、名刀の切れ味を誇った勇者だった。
彼の存在を確と認知したのは、2003年のマイルCS。
前走のスプリンターズSにて、名刀を抜いた事実は知っていたが、この時は武豊が乗る才女ファインモーションに心を奪われていた。
デュランダルは5番人気。ただ、この馬の場合、1番人気でも最下位人気でもやる事は同じなので、人間が勝手気儘に作り出した人気など眼中に無かったと思う。
大外枠からファインモーションが抜群のスタートを決めた。しかしハナに強い拘りを持つ男ギャラントアローと幸英明は、主導権を譲らなかった。ギャラントアローを先頭に、オリビエのマグナーテン、3歳マイル王のウインクリューガーと武幸四郎が、後ろの馬達をやや突き放してレースを展開した。
デュランダルは、騒がず動かず最後方集団。4角出口まで、彼らは微動だにしなかった。
直線。誰よりも先に走っていたいと望む男、ギャラントアローがスパートを開始。オリビエが例の豪腕で、マグナーテンを押して迫ったがアローは完璧に往なした。
後続各馬の伸びは今一つで、前で飛ばし続ける逃走野郎を映すため、カメラはヒキの画になった。画面の右端に社台のメンコが映ったのはその時だった。
デュランダル見参。
研ぎ澄まされた刃を抜き、瞬く間に前を行く馬を飲み込む栗毛。隣にいたファインモーションも伸びを見せていたが、勢いの差は歴然としていた。
他馬が止まって見えてしまうくらいの強烈な差し脚を披露したデュランダル。馬上で池添謙一がハデなガッツポーズをして、「コイツが勝った!」とファンにアピールしたシーンも忘れられない。ちなみにこの時、池添は武に怒鳴られたらしい。見返してみると慌てて会釈する池添の姿が映っていた。
2度目の制覇となった2004年は、デュランダルと池添しか見ていなかった。
この年は高松宮記念とスプリンターズを走り2戦連続2着と歯痒い状況だったが京都のマイルなら話は別。そう思いながらテレビに噛り付いていた事を覚えている。
ゲートが開くとラクティが大きく出遅れた。遠路遥々、英国から参戦してきた彼を置き去りにハナを叩いたのは、デュランダル同様、己に強い信念を持つ男ギャラントアローだった。前年はマグナーテンに絡みつかれたが、今回は悠々と孤独な逃げ。
番手以降は、メイショウボーラーと福永祐一を前に密集し合い、全員で気持ち良さそうに走る逃走野郎を睨み付けていた。
デュランダルは、その密集する馬群から4馬身ほど離れたいつもの位置。道中の鬩ぎ合いなんぞ我、関せず。彼はひたすら刃を研ぎ続けた。
念願叶った単騎の逃げを打てたギャラントアローだったが、4角を回り直線に入ると、睨み付けていた連中に呑まれてしまう。抗うことも出来ず、後方へ沈んでいく彼には、潔く散る男の格好良さが滲み溢れていた。
アローを屠った馬達は、マイル王を目指してヒートアップしていく。待ってました!とピンクのメンコを纏ったメイショウボーラーが抜け出す。桁違いの強さを見せつけた父に続け、とばかりに血気盛んな若者が、差を広げにかかった。それを目掛けて飛んできたのは、ダンスインザムードとクリストフ・ルメール。無敗で桜を咲かせた天才少女が、おじさん達を外から交わし同級生に迫っていく。
ハツラツとした少年少女の攻防が、レース史の1ページに書き記されようとした時、彼は刃を抜いた。
一刀両断。見事な切れ味で、大外から差し切った聖剣は、史上3頭目のマイルCS連覇を達成したのだった。
移り変わりの激しい短距離戦線で、己を貫き通し、結果を出した栗色の名刀。ダービーや有馬記念といったレースには縁は無かったが、その名、そしてその末脚は、競馬が続く限り永遠に語り継がれることだろう。
俺もデュランダルになろう。
相変わらず下流でダラダラしている今、これを放言すれば、空の上にいる彼に怒られるのでまだ言わない。
ゲートを出て、4角に差し掛かる頃、大きな声で彼の名を叫び、全員差し切ってやる。今に見てろ…。
京都のGⅠもいよいよフィナーレ。春の盾で敗れ、秋桜も菊花も愛でられず、Queenのティアラも戴けなかった方も、この第33回マイルCSで、全てを晴らしましょう。