【追憶の名馬面】ロジータ

別れの日。あの駅に停まる列車は、都会にも世界にも行かない。行き先は牧場。この列車に乗れるサラブレッドはほんの一握り。父として、母として、血を後世に伝える事を求められた優駿のみが乗車を許されるのだ。

彼女は慣れ親しんだ川崎で現役最後の走りを人々に見せることにした。

1990年川崎記念。それまでの入場人員数の記録を更新する多くのファンが川崎に駆けつけた。出走頭数は8頭。もちろん一番人気は最強馬の彼女。オッズは1.0倍。彼女以外の出走馬は、皆100倍を超えるマンシュウオッズ。競馬場にいた全ての人々が彼女の勝利を信じていた。こんな馬は世界中探してもいない。

川崎記念。彼女にとって最後のゲートが開く。森下のダービラウンドが好発からハナを奪い、逃げると目されていた佐々木のワールドプラックの出鼻を挫いた。彼女はこの2頭と、笠松から安藤勝己とやって来たイーグルジャムの後ろ4番手に付けた。1周目のホームストレッチ。ギッシリ埋まったスタンドから大歓声が沸き起こる。

レースが動き始めたのは2周目の向こう正面。彼女は全く自然に番手まで浮上すると、3角前で早くも先頭へ並びかけた。

並びかけられたダービラウンドも抵抗を開始する。しかし、彼女はその抵抗を馬なりで往なして持ったままで最後の直線へ入った。

森下がステッキを振るいダービラウンドを押す隣で、野崎は後ろを振り返っていた。

スタートからゴールまで終始馬なり。彼女が最後に見せた走りは、見る者を唖然とさせると同時に、川崎の短い直線に恨みを抱かせた。

もっとこの直線が長ければ、この素晴らしい時間を長く過ごせたのに…。

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