【追憶の名馬面】サイレンススズカ

気の早い夏風が吹き抜けたのは、5月30日。中京競馬場で行われた、GⅡ金鯱賞。燦々と陽が照らし、ターフが風に吹かれ、波打つように靡いている光景は、競馬場とは真反対の位置にある、海辺を彷彿とさせた。

その緑の海辺にサイレンススズカはいた。この日、私達は一生忘れられない光景を目撃することになる。

5番枠から飛び出すと、例によってハナへ。もう誰も競りかけて来なかった。

1コーナーまでに4馬身くらいリードを取ると、そこから徐々に引き離し始める。後続勢は、脚をシッカリ温存させ、終いに放つ作戦を立てたが、彼らが温存すればするほど、前の栗毛は、リードを広げていく。

4コーナーを迎える頃、少し引きつけた。あくまで少しだけ…

直線に入ると武は手綱を絞り追い出した。交わせるかも、と一瞬期待した後続勢の夢は一気に潰えた。

グングンと差を広げる。鞭も入れずに加速するバケモノは、遂に最後までスピードを落とすことはなかった。

1:57.8は文句なしのレコードタイム。そして掲示板の、自身と2着馬の差を表す箇所には「大」の一文字が灯っていた。私のチッポケなボキャブラリーは、この衝撃的なレースを、上手く形容する言葉を持ち合わせていない。いや、この場合、変に気取って形容するよりも、一言で言い表した方が良いか。

ただ、ひたすら速い馬。

彼にかける言葉は、今現在でも、これしか思い付かない。

覚醒したスズカを、もう大衆は無視できないでいた。ファンは彼を夢のレースへ推薦した。

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