マチカネフクキタル亡くなる、1997年の菊花賞馬

1997年の菊花賞(G1)の覇者であるマチカネフクキタルが31日、山梨県内の牧場で亡くなったことが明らかになった。26歳だった。引退競走馬の助成事業などを行うジャパン・スタッドブック・インターナショナルが発表した。

マチカネフクキタルは1996年に阪神でデビューし、翌年の神戸新聞杯(G2)を勝利し、重賞初勝利を達成。続く京都新聞杯(G2)、菊花賞(G1)を制し、重賞4連勝でG1初制覇を果たした。

2000年6月の宝塚記念(8着)を最後に現役を引退し、引退後に種牡馬入りした。産駒で重賞馬を輩出することは出来ず、リワードプレザンの2007年中山グランドJ・2着が最高成績となった。種牡馬引退後は、小須田牧場で余生を過ごしていた。

JRA通算成績は22戦6勝。父クリスタルグリッターズ、母アテナトウショウ、母父トウショウボーイという血統。マチカネフクキタル号のご冥福をお祈りします。