【追憶の名馬面】ナリタブライアン

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臆病な少年から怪物少年へと進化しつつあるナリタブライアンは、第45回朝日杯FSに挑んだ。前年、白い兄貴が涙を飲んだ舞台。果たして、弟はどうか?

タイキウルフとサクラエイコウオーが、一進一退の主導権争いを演じだが、ナリタブライアンは我関せず。前走と同じく、マイペースに中団から進んだ。

タイキにサクラ、そこへ更にエイシンワシントン、ボディーガードが絡んで激戦の様相を呈し始めた4コーナー。大外からシャドーロールを装着した猛獣が牙を剥く。

岡部の檄に応え、タイキウルフが先頭に立ったが、それは一瞬だった。桁違いの瞬発力を発揮し、並ぶ間も与えず先頭に立ったブライアンは、一気に坂を駆け上り後続をちぎり捨てた。着差は3馬身半。文句無しの完勝で兄の無念を晴らし、2歳王者に君臨したのだった。

最優秀2歳馬に選出されたナリタブライアンは明けて1994年、共同通信杯から頂点を目指す戦いを開始した。降雪の影響で月曜日に振り替えられたが、微塵の影響も感じさせず、事も無げに勝利。府中で競馬界を見守るトキノミノル氏も、トンデモナイ駿馬の出現に、さぞ喜んだことだろう。続く皐月賞トライアルのスプリングSも制し、万全の体制で主役としてクラシックの舞台へ立った。

4月17日、第54回皐月賞。
最も速い馬が勝つ。と言われる一冠目に挑むブライアンを、ファンは1.6倍の支持で迎え入れた。手綱を握る南井克巳は当日このレースのみの騎乗。一鞍入魂のファイターを背に、皐月の舞台へ飛び出した。

内からメルシーステージがハナを奪おうとしたが、サクラエイコウオーがそれを許さなかった。ピンクのメンコ鮮やかに、サクラの逃走劇で進む皐月賞。1枠1番、最内枠から飛び出したブライアンは例によって中団待機。南井の手が動き始めたのは、向こう正面の中間地点前。この合図を機敏に受け取った鞍下の相棒は、最内をスルスルと進み、3角前で早くも3番手に浮上した。

1000mを58.8秒で通過し、軽快に逃げるエイコウオーの真後ろ。さぁ、どうやって抜け出すか?先頭はサクラ、メルシー、アイネスサウザーの3頭。ブライアンの隣には、ドラゴンゼアーがいた。普通に行けば、内で包まれて万事休すの並びである。しかし、彼は怪物。ここで例の瞬発力を発揮し、一瞬でドラゴンの前へ出た。ポッカリ空いた隣。南井はその隙を見逃さず、上手く外目へ持ち出した。

直線に入る。解放されたブライアンに、もう敵はいなかった。先行勢を丸呑みし、猛スピードで中山の直線コースを駆け抜ける。皆様ご存知の通り、中山の直線には急坂が設置されている。しかし、どうやら、1994年の4月17日は、その坂が存在しなかったようだ。恐怖すら覚える圧倒的な脚力・・・。お馬さんは優しい動物のはずなんだけどなぁ。

ただ勝っただけではなく、1:59.0というレコードタイムを叩き出しての勝利。最も速い馬だったことを証明し、ブライアン一行は競馬の祭典へ進む。