G1馬2頭の母、スカーレットブーケ死す

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1992年の中山牝馬Sや、同年の京都牝馬特別など、G3・4勝の実績を誇るスカーレットブーケが、功労馬として余生を過ごしていた北海道日高町の社台ブルーグラスファームで亡くなったことが明らかになった。30歳だった。

スカーレットブーケは1990年にJRAの札幌でデビューし、1992年末までに重賞競走4勝を含む通算21戦6勝の成績を残した。牝馬クラシック戦線では桜花賞4着、オークス5着、エリザベス女王杯3着とあと一歩のところで届かなかったが、1993年より繁殖牝馬となり、7番目の子のダイワメジャーがG1・5勝を挙げ、10番目の子のダイワスカーレットはG1・Jpn1競走で4勝を挙げるなど、繁殖牝馬として大いに活躍した。2009年にはJRAの広報誌「優駿」選定による「現代の名牝ベスト100」において第1位に選ばれている。

父ノーザンテーストは10回リーディングサイアーとなった名種牡馬。母スカーレットインクは1戦0勝であったが、子孫の繁殖成績が優秀なユアホステスの牝系につながる血統であった。スカーレットブーケ号のご冥福をお祈りします。