厩舎は”会社”、調教師は”経営者”である

競馬という業界は騎手にとってはもちろんのこと、厩舎にとっても厳しい世界である。今回は競馬業界における厩舎の存在ついて書きたいと思う。

競争の世界なので、実績のある調教師に馬を預けたいと思う馬主心理は納得できるものがある。もし仮に、筆者が初めて馬を買ったのならやはり少しでも良い厩舎に預けたいと思うだろう。実績があって給料が良い大手企業に就職したい、馬主はさながら就職活動中の学生のようなものだろうか。いや、それは厩務員などの働くスタッフの方か…。となると馬主は投資家や出資者と言った方が正解か。

話がそれたが、厩舎側も受け入れられる馬の数には限りがあるわけで、実績のある厩舎などはとくにシビアである。超人気厩舎になってくると、1つの厩舎で同時に馬房を使えるのは最大で20頭程度。20頭の枠を上手く回していかなければならないわけだ。

厩舎にはそれぞれのスタイルがある

現在入厩数が多いとされる音無秀孝師が調教師を務める音無厩舎は、何と79頭もの馬を預かっている。20頭はレースに向けて仕上げ、残りは放牧と言う状況でレースに使う予定の馬と休ませる馬をうまく分けながらまわしているのだ。

一方、浅野洋一郎師が調教師を務める美浦の浅野厩舎は、全部で16頭の馬を預かっている。常に全ての馬を厩舎に入れておくことが出来る頭数である。厩舎によってカラーが違い、それぞれのスタイルがあるように預かる頭数にも違いはある。

先で紹介した音無厩舎は重賞を56勝もしているタレント揃いの厩舎。一方、度々比較対象として挙げさせてもらって申し訳ないが…浅野厩舎の方は重賞制覇は、1996年にマーチSで勝ったアミサイクロンの1勝のみ。この時もアミサイクロンは全く人気がなく、大穴をあけたかたちで優勝した。

語弊があるといけないので言っておくが、決して浅野厩舎の評判が悪いと言っているわけではない。むしろここの厩舎は馬を値段で判断しない良い厩舎である。調教師になる前、二本柳一馬師のもとで調教助手をしていた浅野洋一郎氏は「故障馬・弱い馬をいかに我慢して使い、再生するかを馬主と意思疎通しながら結果を出す」ということを学んだという。この学びは今の厩舎のスタイルにも大きく影響しているように思える。

また語弊があるといけないので言っておくが、逆に音無師は馬を値段で判断しているということでもない。浅野師のように弱い馬で結果を残していく調教師もいれば、社台系の馬以外の馬で勝とうとする調教師がいたり、利益を第一として限りなくビジネスに近いスタイルを持つ調教師がいたりとさまざまである。このように、それぞれの厩舎にはそれぞれのスタイルがある。

厩舎は”会社”、調教師は”経営者”。

調教師は馬の能力や適性、状態に応じて年間スケジュールを立て、調教・管理を行っていく、いわば馬のトレーニングコーチのような役割りもこなす。さらに厩舎の業務を行ううえで調教師補佐や厩務員を補助にあたらせ、その陣頭指揮にたつ。他にも、厩舎に所属する騎手の育成や素質馬の発掘などにも精を出す。調教師は中小企業の経営者に似ているという言葉をよく聞くが、事実、厩舎の経営者であるからこの言葉はあながち間違いではない。厩舎の従業員や規模からして中小企業という言葉も非常にシックリくる。

しょっちゅうニュースに出てくるような有名な調教師たちは立派な一流の経営者ということだ。しかし「競馬は何があるかわからない」という格言があるように、名馬は必ず一流の厩舎から誕生するとも限らない。東証一部上場しているような一流企業でも一気に業績が悪化することだってある。逆に無名だったベンチャー企業が急成長して大成功を収めることだってある。会社の未来や会社を取り巻く業界の未来がどうなっていくかなんてことはわからない。どんな厩舎からも名馬は誕生し得る。だからこそ競馬は面白いのだ。