【栄光の瞬間】2002年第7回秋華賞・白秋の淀に咲いた優美な華
フランス生まれのマドモアゼル、ファビラスラフインが、死の淵から生還した松永幹夫にエスコートされ初代女王に君臨した1996年から「荒れるGⅠ」として、本命党を泣かせ続けてきた秋華賞。
99年、「穴をあけてスミマセン。」と、GⅠ優勝のインタビューで、苦笑いを浮かべながら謝罪した安田康彦と共に、大波乱を巻き起こしたブゼンキャンドル。
翌年の2000年は、結膜炎で目を真っ赤に腫らした武幸四郎が、ティコティコタックでGⅠ初勝利を手にし、ウマキチの心臓の鼓動を止めにかかる波乱を演出した。
微風でもフワフワと揺れるコスモスの様に、秋華賞も些細な事でドカンドカンと荒れる。
このレースだけは無茶苦茶に荒れても良い。そんな気持ちで、毎年秋華賞を見ていた2002年。
桜花賞馬アローキャリー、オークス馬スマイルトゥモローは不在だったが、青森生まれの2歳女王タムロチェリー、岡部に桜の夢を抱かせたシャイニンルビーなど、一発がありそうな、如何にも秋華賞らしいメンツが揃っていた。
しかし、一頭のバケモノみたいな才女が挑んできたことにより、華やかに漂う大波乱の香りは彼方へ消えてしまった。
ファインモーション。
日本でも馴染みのあるピルサドスキーを兄に持ち、所属は栗東の名門・伊藤雄二厩舎で、主戦は武豊。血統、周りの環境、全てが特上クラスな彼女の才能を疑う者は誰一人いなかった。
競馬に絶対は無いのだよ。と口酸っぱく言われても、次のレースのことしか考えていないウマキチ達が、全く懲りずに絶対を信じた結果、彼女は単勝オッズ1.1倍という突出し支持を集めた。
その日、京都競馬場の空は絵に描いたような秋晴れだった。メインレースが近づくにつれ、傾く秋陽が青い芝生を黄金色に変えてゆく。自然が作り上げた煌びやかな絨毯の上には、選び抜かれたサラブレッド達の姿があった。その光景は、一幅の絵画のように美しく、芸術の秋を否が応でも実感させるものだった。
色なき風が、発馬の時を告げる。18頭の才女達が、一斉に馬場へ飛び出した。
外で僅かに、コスモプロフィールと佐藤哲三が出遅れたが、その他の各馬はまずまずのスタートを決めた。主導権を握ったのは、オークス3着馬のユウキャラットと四位洋文。競られることもなく、スッとハナを叩いた。
ファインモーションは、そのユウキャラットを目掛けて突進していく。類い稀無いパワーを傍若無人に繰り出そうとするお嬢様を、背中の上の天才が制した。
しかし、お嬢様の苛立ちは1コーナ過ぎまで収まらず、ただ一頭ガチャガチャと喧しく走っていた。向こう正面に入るまでに、レースの流れはユウキャラットを先頭に落ち着いた。
番手以降は、タムロチェリーと和田竜二、シュテルンプレスト飯田祐史、オークス2着馬チャペルコンサートと熊沢重文が先団を形成。
ファインモーションはそのスグ後ろ。内に芦毛のシアリアスバイオと安藤勝己、中に少しかかり気味のオースミコスモと常石勝義の外目を追走していた。
少しでも手綱を緩めればどこへ飛んで行くか分からない。テンでヘソを曲げた鞍下の愛馬を、武は繊細な手綱捌きで諌めた。
先頭のユウキャラットが坂を上って下る。馬乗りの天才、四位にしか出来ない、馬上で空気になる騎乗に導かれ、ウイニングチケットの娘は気持ち良さそうに淀の難所を越えた。
その時、四位が股下を覗き込んだ。見定めた相手は、内にいるタムロチェリー、チャペルコンサートでは無い。終始外を回らされた、ファインモーションがバケモノの様な手応えで上がってくるのを、確認した彼は、視線を前へ戻し、相棒の力を信じることに徹した。
一頭だけ全く次元が違う。熊沢が必死に抵抗の構えを見せチャペルコンサートを押したが、ファインモーションは容易くそれを往なし、4コーナー出口で早々とユウキャラットも射程圏に入れた。
直線。武はようやくお嬢様の手綱を解放する。解き放たれたファインモーションは、馬なりのまま先頭に立つ。そして、武が鞭を入れる素振りを見せると、最後のエンジンを点火させる。
2馬身、3馬身…と、並ぶ隙も与えず、お嬢様と天才は、別次元の世界へ飛び立って行った。どこまで強いのか分からないよ。
数々の優駿を育て上げた名伯楽、伊藤雄二を以ってしても推し量れないパフォーマンスを見せたファインモーション。彼女が、私達に与えてくれた単勝払い戻し額は、額面通り110円だった。
競馬に絶対はない。しかし、偶に絶対がある。
あの日、京都競馬場には、約2分間だけ、絶対がある競馬が存在したのだった。
オークス馬シンハライト、無念の離脱の一報は、近年平穏に咲き続ける淀のコスモス園に、秋嵐を巻き起こすのだろうか?
第21回秋華賞を楽しみましょう。