【馬ニアな話】 府中で味わうギムレット
特にマイルカップの敗戦は悔しいものだった。レース直後、紳士で温厚な武豊が大激怒したというエピソードが、陣営とギムレットファンの悔しさを物語っている。私も、もしあの不利がなければ、タイトルがもう一つ加わっていたと今でも確信している。負けてなお強し。なんて言葉があるけれど、負けは負け。どれだけ慰めようとも、彼の名が歴代のマイルカップ勝ち馬に加わることはない。
この2つの黒星があったから、第69回東京優駿は、絶対に落とせなかった。天気は、生涯一度の大舞台に似つかわしくない曇り空。鈍色の雲が空を覆い尽くしていた。しかし、空が泣いても、風が喚いてもギムレットには関係なかった。
パートナーの才能を信じた武豊は、中団後方で溜め、直線は大外からスパートする策を講じた。過る皐月の悪夢。また届かないのでは…。鬱陶しい空模様も相まって、名手の策にも不安を覚えた。
後に2年連続で年度代表馬に君臨するシンボリクリスエス、ダート王の称号を手に入れるゴールドアリュールらが栄光へ向かって激しい競り合いを繰り広げた時、外からドシドシと力強い蹄の音が府中に轟いた。
豪脚一閃。シンボリもマチカネもアリュールも、全てを飲み込んだ。同じ屋号を背負ったタニノムーティエが制して32年後、ダービー史に三つ目のタニノの名が刻まれたのだった。
シカンブルの約束は果たされた。この先の未来は、ギムレットオリジナルのストーリーである。私は勝手に、同じブライアンズタイムの血を受け継いだ2頭と同じく菊花賞、有馬記念のタイトルは手にする。そしてシカンブルの約束の次は、シーバードの約束を…なんて夢を描いた。その夢想が泡沫の如く消えたのは、その年の秋だった。
左前浅屈腱炎による競走生活引退
ギムレットの逞しい脚を以ってしても、屈腱炎には敵わなかった。通算8戦5勝。大いなる可能性を残したまま、競馬場に別れを告げた。
夢半ばにして第二の生活へ入ったギムレットは、孝行息子と娘に恵まれ、父親として地位を確立した。目に入れても痛くない娘ウォッカは、2007年のダービーを牝馬として64年振りに制覇。鞍上は四位洋文。皐月の敗戦後、方々からボコボコに叩かれた男は、その娘をダービー馬に導き、美酒に酔った。
ギムレットとは、ジンベースのカクテルの名前である。飲んだことがないので、あくまでも想像だが、お洒落なbarで、これまたお洒落な人が飲んでいそうだ。存在がシャレみたいな私には、一生縁のない酒だろう。
ただ、タニノギムレットも、お洒落なカクテルは似合わないと思う。小さなグラスで粋に?いやいや、男は大ジョッキでグッとのむんや!と、豪快に笑いながら酒を飲む、日に焼けた大男の姿を想起してしまう。彼とは美味い酒が飲めそうだ。
約束の血に乾杯!