【追憶の名馬面】スペシャルウィーク 第2話「希望の光」
キングヘイロー先頭。
福永の名が、ダービーの歴史に刻まれる!
祐一の父、福永洋一を知るオールドファン達の鼓動が高まった。
しかしその希望は、残り400mの地点で消えた。テンで折り合いを欠いた影響は、彼らから栄冠を持ち去った。垂れるキングヘイローを確認し、待ってましたと番手から先頭に立ったのはセイウンスカイ。ここで勝てば行方不明の父も出てくるかも知れない。1完歩ずつ坂を力強く登る芦毛馬に、栄光がチラつき始めた。
様々な想いが入り混じる中、スペシャルウィークと武は、進路を失っていた。前にいたダイワスペリアー、センターフレッシュが彼らの前に立ち塞がったのだ。
また、勝てないのか…。
光が消えかけたその時、一瞬前が開いた。その隙間を武は見逃さなかった。そこへ相棒の鼻をねじ込み、進路を切り開く。隙間が生じた時間は、1秒にも満たない僅かな時間。
最も運がある馬が勝つ。
ダービーの格言が、彼らの背中を押した。
白井がきさらぎ賞で感じたこの馬の強運は現実となった。
武が右ムチを入れると、スペシャルウィークは、鍛え抜かれたあの瞬発力を最高の形で発揮した。一陣の風のようにタヤスアゲインを交わし去り、前を行くセイウンスカイを捕えた。坂上は横山と武の叩き合いになる、と見た観衆の予想は、大きく裏切られる。
スペシャルウィークは、セイウンスカイと馬体を併せる事なく、坂を一気に登り切った。2馬身、3馬身と差は、あっという間に開いた。
夢にまで見たダービーのタイトルが、遂に自分の元へやってくる。その興奮は、天才の繊細な手元を狂わせた。坂を登り、ゴールまであと約100mのところで、武の右手から、ステッキが転がり落ちた。
競馬の神様は、どこまでこの男のダービーを邪魔するのだろうか。最後の最後に、ムチを落とすという試練を与えられたが、ビュンビュンと駆けるスペシャルウィークに、もうムチは要らなかった。
前方に誰もいないダービーのゴール板に、彼らは飛び込んだ。GIを勝っても気持ち程度のガッツポーズしかしない武も、憚ることなく喜びを爆発させた。相棒の首筋を叩き、何度も何度も拳を握りしめ、ターフで叫んだ。
勝って引き上げて来る人馬を、スタンドの観衆は地鳴りの様な歓声で迎え祝福した。その光景を見た武は
「それまでの人生で、最大、最後の瞬間」
と語っている。
ロングエース、ミスターシービー、シンボリルドルフを見て憧れ、騎手になってから味わった9度の悔しさ…。全てが、この2:25.8で、結実したのだった。