【追憶の名馬面】アグネスフライト - 3/3

雨に煙る淀のターフで、彼らが採った最後の作戦は、先行だった。一昨年、ここから王者へ、と燃えていたあの京都記念と同じ作戦。この部分に、自身のラスト重賞Vではなく、相棒を復活させてから去りたい、という河内の馬想いな心情を感じ取る事が出来る。

勝負所の4コーナー。外から上がってきた馬達に寄られ、少し苦しくなった。しかし、まだ絶好位。出口で前が開けば突き抜けられる。植え込みを回って、その出口に差し掛かった時、競馬の神さんが、一瞬彼らに振り向いた。

前に誰もいない。河内は右鞭をフライトに入れ、仕掛けた。力強く、繊細に放たれた4発の鞭を受けたフライトだったが、やはり伸びない。もがき苦しむダービー馬を、後続が容赦なく交わして行った時、河内とフライトの挑戦は終わった。

6着。河内を白星で、第二の戦場へ送り出すことは出来なかった。その後、阪神大賞典を走ったフライトは、河内に続くように、ターフヘ別れを告げ、同じく第二の戦場へ旅立って行った。

第二の戦場、いわゆる種牡馬レースは、現役時代よりも、過酷な戦いが繰り広げられる、厳しい舞台。彼が種牡馬となった時分は、サンデーサイレンス亡き後の覇権を争う混迷の時期だった。フジキセキ、ダンスインザダークといった同じSS一族に、最後の御三家ブライアンズタイム、スピードを売りに席巻するミスタープロスペクター軍団…。これらを抑え込み、サンデー亡き後、初めてリーディングサイアーとなったのは、全弟のアグネスタキオン。

賢兄愚弟、という四字熟語があるが、皮肉にもフライトタキオン兄弟は、逆の愚兄賢弟、となってしまった。私のような者と、フライトを重ねるのは失礼かも知れないが、私も方々から愚兄と呼ばれているので、何となくフライトに同情したくなってしまう。

ただ、何の取り柄も無い私とは違い、フライトには生涯色褪せることはないタイトルが頭上にある。

日本ダービー馬。

彼は愚兄なんかじゃない。ダービー馬になった立派なお兄ちゃんです。(了)