【追憶の名馬面】クロフネ
夏を越して秋。
クロフネの航路は、秋の盾獲りへ定められた。天皇賞における外国産馬の出走枠は2頭。その内、一席はメイショウドトウが確保しているため、事実上一席を巡る争いだった。季節変われど、クロフネは星を落とせないギリギリの状況に置かれている。競馬の神は、どうやらこの馬に、厳しい試練を課したがる傾向にあるようだ。
神戸新聞杯から始動したクロフネだったが、道中は、かなりエキサイトした状態だった。蛯名が必死に宥めようとするも、グングン突き進もうとする。類稀なパワーもこの時は、悪と化していた。荒ぶる蒸気船は、勢いで4コーナーを捲り追撃を開始。懸命の猛追を見せるも、自身と同じ外国産馬のエアエミネムの影をも踏めず、3着に敗退した。
しかし、他に出走馬が現れなければ、春に稼いだ賞金で、天皇賞へ挑める。休み明けを叩いて状態も上向き。しかもベストの2000m戦となれば、例え古馬相手でも十分戦える。ところが…。
天皇賞秋の少し前に行われた、公営盛岡の統一GⅠマイルCS南部杯を制した外国産馬、アグネスデジタルが急遽、天皇賞への出走を表明。クロフネ陣営にとっては、寝耳に滝の様な一報だった。これにより賞金面で下回るクロフネの天皇賞出走は不可能となった。
このアグネスデジタル参戦については、内外野で批判的な声が飛び交った。
私も天皇賞に挑むクロフネが見たかった一人だ。しかし、アグネスデジタルとて勝たねば生き残れない。ということを考えると、後出しジャンケンだ!とデジタル陣営を批判するのは、あまりにもナンセンスだと考える。弱者は生き残れない。これが競馬界の掟だ。
突然、座礁してしまった怪物船は、次の航路を定めなくてはならなかった。天皇賞へ向けて彼の状態はピークに近い仕上がりだったので、予定を延ばせば調子は下降線を辿る。
逼迫する状況の中で、松田が選んだ航路はダートだった。
元々、翌年にダートを使うことが予定されていたので、この参戦にギャンブル的要素は含まれていない。時期が早まっただけの話である。目指すは、天皇賞前日に行われるマイルのダート重賞、武蔵野Sと決まった。
このダートへの指針変更が、日本、そして世界をも震撼させる結果を生み出すことになるとは、この時、誰も知る由もなかった。