【追憶の名馬面】クロフネ
紅一点のスターリーロマンスと福永の逃げでレースは進んだ。3頭は、互いに近い位置で睨み合った。クロフネとジャングルポケットが並び合う光景を、アグネスタキオンが後ろから凝視。淡々と流れる静かなレースだったが、不気味な熱気は、ゴールが近付くにつれて色濃くなった。
3コーナー。クロフネが動く。それを見た角田はステッキを抜き、相棒を静かに浮上させた。河内とタキオンはまだ溜めている。
汽笛を鳴らし、世紀末の師走をひた走る彼は、近走と同じく4コーナー出口までに、先頭に立とうとした。そこを目掛けて、河内が襲撃する。ほんの少し気合をつけただけで、驚異的な化学変化を興した光速の粒子は、クロフネもジャングルも置き去りにして、一気に先頭に立った。
やられる。松永は必死に追ったが、タキオンのスピードは異次元の領域へと加速していく。更に、後方からジャングルポケットが騒ぎながら伸びてきた。
坂の上で、勝負は呆気なく決まった。アグネスタキオンの圧勝。マル外であろうが何であろうが、サンデーサイレンス産駒には敵わない。攘夷派の人々は、この栗色の光速粒子に期待を寄せた。
影をも踏めなかった…。クロフネにとって初めて味わう屈辱的な敗戦だった。これについて、彼を管理する松田国英は、タキオンとジャングルの力量を甘く見ていた。と反省した。
確かに、折り返しの新馬戦、エリカ賞を見ると、この馬は余程のことがない限り負けないだろう。と思ってしまうのも無理はない。しかし、上には上がいた。競馬には、一瞬の安穏もない。ということを、クロフネと松田は、この一戦で、身を以て知った。
年が明け2001年。待ち焦がれたマル外解放元年がやって来た。もう本当に、一つの星も落とすことは許されない。挑むレース、全てを勝たなくては、時代は動かないのだ。
様々な期待を乗船させたクロフネは、仁川から出港することになった。第48回毎日杯。東上最終便として位置しているこのレースで、彼はさらにスケールアップしたバケモノぶりを見せ付ける。