【追憶の名馬面】オグリキャップ
各馬、まずまず揃ったスタート。牽制し合う主導権争いを制したのは、オサイチジョージと丸山。グランプリ連覇へ向けて、彼らは春と同じ逃げ戦法に打って出た。
続いてメジロアルダン、盾を制し復活したヤエノムテキがその後ろに付け、先行集団を形成した。オグリと武は、外目の5, 6番手。前をシッカリ見られる絶好位に付けていた。
1周目4コーナーを回り、最初のホームストレッチ。
万人の観衆は、地鳴りの様な歓声を上げた。この光景を見て、恐らく一番喜んでいたのは、有馬頼寧氏だったと思う。
「ファンの競馬」を確立させた偉人も、空の上で、歓声を送っていたに違いない。
オサイチジョージがスローに引っ張る流れは、後続各馬を苛立たせた。少しでも折り合いを欠けば、勝機が消える。名手クラスのジョッキー達が、必死に馬を御する最中、オグリだけは、涼しい顔で走っていた。
武は手綱をプラプラと弛ませ、相棒を気の向くままに駆けさせる。これまで潜ってきた修羅場での経験は、この時、最大の武器になっていた。
バックストレッチに入ると、もう堪らん、と動いたのは、ミスターシクレノンと松永幹夫。それを見た各馬も、俺も俺も、と動き出す。
レースが動き始めた。外目にいたオグリは、やはり涼しげに、スーッと外から捲るように浮上を開始。あと50秒足らずで全てが終わる。有終の美を飾り、終わることが出来るなら、こんなに良いことはない。
2周目4コーナー。最後のコーナを回った時、傾いた西陽が、芦毛の馬を一瞬だけ照らした。
残り310m。スタンドの影に覆われた最後の直線は薄暗かったけど、それを掻き消すかのように大歓声が響き渡った。
内でオサイチジョージが必死に抵抗する外から来た。オグリがグングン伸びて来た。一瞬で突き放す往年のパワーは無い。しかし、今まで見たことが無い、魂の激走を彼は見せつけた。
粘るオサイチをオグリが交わす。春の雪辱を、きっちり果たした彼は、高低差2.2mの急坂を必死に登った。
悲鳴に似た歓声のボルテージが、振り切れるくらい上がった時、彼方から怒号が飛んできた。それは、いつも優しく馬を解説する紳士の叫びだった。
「ライアン!ライアン!」
振り向くと、次世代を担う若馬、メジロライアンと横山がオグリに迫ってきた。
しかし、その日競馬場にいた人、テレビやラジオでグランプリを見守った人、全てに背中を押され、万感のフィナーレを迎えようとしていた、老雄の怪物には、関係なかった。
最後のウイニングポストをトップで通過したのは、オグリキャップ。
人々は熱狂し、去りゆく彼の名前をしばらく叫び続けていた。
全く彼は、憎たらしい役者である。最後に、こんな劇的な結末を用意しているなんて…。
どんな名脚本家でも書けないシナリオを、事も無げにやってしまうサラブレッド達。それを傍で、見守れる競馬ファンと言われる人々は、幸せ者だと思う。
次の物語は、いつどこで始まるのか?
出来ることなら、その物語の中に居たい、と私は願う。