【追憶の名馬面】サイレンススズカ

スッポリと影に隠れた奥深い府中の2000m地点から、12頭のサラブレッドが飛び出した。

スタートから13秒後、最初に観衆の前現れたのはサイレンススズカ。人々がハッキリと自身を認識したのを確認すると、この栗毛は早くもエンジンに火をつける。10.9-10.7と急加速した彼のスピードには誰も付いていけない。

速い。恐ろしいくらいに速い、そのスピードは、飛行機からワンランク上がり、大気圏から飛び出さんとするロケットのような走りだった。

57.4秒で1000m通過。相変わらず無茶苦茶である。しかし、誰も不安にならない。これがサイレンススズカの通常、と知っているから。

カメラが大欅の全体を写す。引いたことにより、小さな木になった欅の左端に、小さなスズカが映っている。憎いカメラワークだ。

引いたカメラがサイレンススズカをアップに映した。スタンド、そしてテレビの前のファンが、軽やかに駆けるその姿をハッキリ確認した時、彼は止まった。老雄のオフサイドトラップ、頑張り屋のステイゴールドが新たな世界へ入っても、スズカの時計が動くことはなかった。

17年。文字で書けばたった三文字だが、実際は気の遠くなるような桁の数字が並んでいる。この間、私達は様々な名馬との出会いと別れを経験した。確実に時は流れている。これは疑いようのない事実だ。

振り返るな、そこに夢はない。

寺山修司は、この言葉で、ハイセイコーがいなくなり喪失感に苛まれている大衆の背中を押した。

しかし、私は振り返る。何度も、何度も、バカみたいに振り返り、サイレンススズカがいた世界を見る。現実逃避というヤツかもしれない。しかし、浮世に、この様な言葉があるということは、それは、認められた行動なのだ、と考える。

振り返れば、スズカがいる。こんな嬉しいことがあるのだから、私は恥じらいもなく現実逃避をする。一般論なんて知ったこっちゃない。

もし、貴方の周りに競馬を始めたばかりの人がいるなら、スズカの事を語ってやってください。圧倒的な速さ、美しい出で立ち、ゲートを壊したこと…。何でもいいです。私達が、次へ語ることによって、彼は11月2日を迎えられます。サイレンススズカ。

彼は、巷でよく言われる「無念の安楽死で逝った悲劇の名馬」なんかじゃない。

ただひたすら、誰よりも速かった名馬。

これがサイレンススズカである。

私は、彼の実像を次へ語り継ぎ、幻を独り空想しながら、永遠にその名を刻むことを誓う。