【追憶の名馬面】ナリタブライアン

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5月29日、第61回東京優駿。
もう誰も疑うものはいない。単勝1.2倍という、カチンコチンの鉄板になったナリタブライアンが、どの様な勝ち方を見せるのか?観衆の興味は、その一点に注がれた。

ノーザンポラリスが立ち上がった瞬間、ゲートが開いた。ややバラついた発馬を決め、選ばれし18頭の駿馬達が、馬場へ飛び出す。皐月と同じく、エイコウオーが逃げる構えを見せていたが、小島は控えて、メルシーステージと河北にハナを譲った。ところが、2角を抜ける直前に、外からアイネスサウザーが急加速し、ハナを奪い取った。のっけから出入りの激しい展開が、前方で繰り広げられる中、ナリタブライアンは、やはりマイペース。皐月の時とは違い、余裕がある追走で、いつでもやってやるよ。という雰囲気を醸し出していた。

内に入れることもなく、出たなりの位置を、マイペースに走り欅前を通過。ここで、優しいお馬さんから、おっかない猛獣へと変化する。別次元の手応えで、先行馬達に襲い掛かり、直線へ。南井が選んだ進路は、馬場のど真ん中だった。内では、フジノマッケンオー、或いはエアダブリンが脚を伸ばしていたが、俺が主役!と胸を張るブライアンの相手ではなかった。残り100m前で勝負アリ。ここからウイニングポストまでは、南井とナリタブライアンの為だけのステージだった。

南井が右手を高らかに挙げる。彼がよく装着していた透明の騎乗ゴーグルの奥にある瞳は、嬉しさでキラキラと輝いていた。一方、61代目のダービー馬に君臨した黒鹿毛の馬は、まだ走り足らない。とばかりに、スピードを緩めず、2回目の2角を曲がろうとしていた。2着のエアダブリンに付けた着差は5馬身。この時期のブライアンは、レースを重ねるごとに、急激な進化を遂げていた。

大魔王、重戦車、怪物、サラブレッドじゃない生き物…。この大舞台で強さを見せつけたナリタブライアンに対し、無数の形容詞が溢れた。中でも私は、重戦車という言葉が好きだ。府中の芝を、根刮ぎ抉り取る様な力強い走りは、荒地を勇ましく進む戦車の様で、このフレーズがピタリと当てはまっていると思う。このダービーは、今でも平成のダービーの中で、一番好きなレース。もっと早よ、生まれて、馬券握りながら見たかった…。

テイオーとブルボンに次ぐ、平成の二冠馬となって迎えた秋競馬。京都新聞杯から菊花賞のローテーションを組み、ナリタブライアンが競馬場に帰って来た。

三冠馬の誕生に期待を高めるファンの悲鳴が轟いたのは、10月16日の仁川。その京都新聞杯のレース後だった。

ナリタブライアン敗れる。

内から伸びてきた夏の上がり馬スターマンに競り負け、デイリー杯以来の黒星を喫してしまった。テイオーは骨折、ブルボンは黒い刺客にやられたという歴史が重くのしかかる。

ひょっとしたらなれないかも?

三冠馬という頂きの高貴さが、ここへ来て威厳を振るい始め、若干の不安を感じながら、菊花賞の時を迎えた。