【追憶の名馬面】サイレンススズカ
最高級のスピードを弄んでいる状態。橋田をはじめとするホースマンはもちろん、スズカ自身もフラストレーションが溜まっていった。
夏を越して秋。苛つく栗毛は神戸新聞杯に挑んだ。ワキちゃん時代を彷彿とさせる疾走っぷりを披露し快調に逃げた。直線に入っても後続とは差がある。上村は勝利を確信した。しかしその瞬間、外から忍び寄っていた南井克巳のマチカネフクキタルがぷつりとゴール前で彼らを差した。
まさかの2着。敗因は明らかだった。油断である。このレース以降、上村がスズカの背中に跨る事はなかった。
出走権は取ったが、適性を考えて長丁場の菊花賞はパスして、2000mの天皇賞秋に挑んだ。鞍上はベテランの河内洋。栗東の青年団長は、スズカを、気の向くままに駆けさせた。1000m通過、58秒でも関係ない。兎に角、スズカの勝手気儘に…。結果はエアグルーヴの6着に敗れたが、何かキッカケを掴み始めていた。
スピードに任せた大逃げ。
この先、生き残る為のキーワードが、モヤモヤと浮かんできた。
天皇賞秋の後は京阪杯に出走する予定だった。ところがスズカの元に香港から招待状が届く。予定を変更し、マイルチャンピオンシップに挑んだが、15着と大敗。しかし、これはレース前に激しくイレ込み、レース中には鞍ズレのアクシデントに見舞われた結果の大敗だった。この時、逃げたのは同い年の桜花賞馬、キョウエイマーチ。1000m56秒という狂気のペースで逃げた彼女は、2着に粘った。上には上がいるものである。
香港へ旅立つスズカの前に、乗らせてほしいと懇願する騎手が現れた。7馬身差で勝利した新馬戦を、彼方から眺めていた武豊。圧倒的な強さで駆け抜けたスズカを見て、彼は「クラシックを全部持ってかれる」と覚悟し、乗りたかった…と後悔していた。
武豊との出会い。この出来事が、スズカの運命を、自身のスピードと同じくらいの速さで、好転させていく。