【追憶の名馬面】キンツェム
東ヨーロッパには相手なる様な馬はいない。
キンツェム一行は、遂にイギリスやフランスといった西ヨーロッパ征服へ進軍を開始した。
最初の遠征地はイギリスのグッドウッド競馬場。ここで行われたグッドウッドカップを勝利し、海を渡ってフランスのドーヴィル競馬場へ。
自国に対し誇りを持つフランスのウマキチ達は、意地になってハンガリーの娘を一番人気に支持せず、地元馬のプールデッセデプラーンを一番人気に推したが、37連勝まで記録を伸ばしたキンツェムには敵わなかった。
ヨーロッパ全土に、その強さを知らしめ、本拠地である東ヨーロッパへ凱旋する時、事件が起こる。
ドーヴィルからドイツへ帰る汽車への乗車を泣き喚いて拒否した。大好きな貨物列車を前に、憚りもなく泣き叫んだ理由は、いつも一緒の仲間の姿が見えなかったからだ。
キンツェムにとって唯一無二の友、それは一匹の猫だった。どこへ行くのにも友である猫を背に乗せ、一緒に各地を回った彼女にとっては、大事件である。悲痛な叫びを聞いた猫氏は、急ぎ相棒の元へ駆け寄り、一行は無事に帰路へ着いた。
草と肉、体の大小と全ての面で異なる性質を有している猫と馬だが、どういう訳か仲が良い。
波長が合うのか?こればかりは、本人達にしか分からない。
彼女が心を許していたのは、猫氏だけではない。生みの親であるブラスコヴィッチには、勝った時は褒めておくれ、と望んだ。愛馬にお願いされた彼は、キンツェムが勝つたびに、花を一輪、シャドーロールに差し込んで祝福してあげた。
とあるレースを勝った時、ブラスコヴィッチが彼女の元へ駆け寄るのが、僅かに遅れた事があった。彼が来る瞬間まで、キンツェムはその場で鞍をつけたまま微動だにせず待っていたという。(彼女自身が、脱鞍を拒否した。)パパに甘える娘、というほのぼのとした光景が、このエピソードから読み取れる。