【栄光の瞬間】1997年第49回朝日杯3歳S・噂の怪物少年

最近は、あまり聞かれなくなったが、その昔は仕切りに朝日杯の事を「クラシックへの登竜門」と呼んでいた時代があった。

平成期を振り返ると、アイネスフウジン、ミホノブルボン、ナリタブライアンなど、呼称通りクラシックの舞台で輝いた優駿が現れる。

果たして、いつ頃からこのレースの立ち位置が変わってしまったのだろうか?
私的な考察では、NHKマイルCが創設された1996年頃から、クラシックだけでなく、マイルやその他全てを含む、名馬への登竜門と変化したと見ている。

選択肢が限られた時代から、その馬にあった路線整備が完了したのも、この時期くらいだったと思う。

そんな過渡期の朝日杯に、バケモノが現れたのは1997年。第49回競走だった。

1997年。
つまり1995年に、この世に生を受けた優駿達の世代である。この年、日本とアメリカで卓越した才能を有した駿馬が誕生した。ということは、何時ぞやの物語で記した。
ある者は、誰よりもダービーを勝ちたい。と願う男と出会い、ある者はダートでその才能の片鱗を見せつけ、またある者は若手のホープに初重賞タイトルを授けた。

このバラエティーに富んだ彼らの中で、最初に大舞台で輝いたのは、アメリカで誕生した栗毛の若駒だった。

父シルヴァーホーク、母アメリフローラ。
コロンとした可愛らしい馬体に似合わず、馬場へ飛び出したその日から、圧倒的な能力を、我々に見せつけたグラスワンダーである。

彼を含め、この世代の優駿達は今でも「誰が一番か?」と論争になる事がある。
私は、この手の論争になった時、誰が何と言おうと、ダービー馬が一番強い!と、憚りなく叫んでいるが、2歳時代に限定して言えば、グラスワンダーほど強い少年サラブレッドは、世界中探しても存在しない。と考えている。

中山のデビュー戦、次いでオープンのアイビーSを馬なりで楽勝し、初めての重賞挑戦となった京王杯。

このレースも持ったままで4角を回り、直線はまたまた馬なりの独走劇。全てが桁違いのパフォーマンスを見て、当時のファンは「外国産馬はクラシックへ出走出来ない」という、競争原理を蔑ろにした悪しきルールに怒りを覚えたことだろう。

そして迎えた第49回朝日杯3歳S。95年世代の、暫定チャンピオンを決する大舞台に挑んだ、アメリカ産まれのワンダーホースは、1.3倍の圧倒的な一番人気で、迎えられた。

このレースには、後に日英でスプリント王に君臨する、マイネルラヴとアグネスワールドや、翌年のダービーで馬連マンシューを演出する、ボールドエンペラーなど、多士済々な面子が名を連ねていたが、グラスと同じ外国産馬フィガロが、10倍を切る6.3倍の人気に支持されていただけで、彼らは皆、一発あるかも?といった穴馬評価だった。

私は予々、競馬に絶対はない。と思っている。しかし、もしも当時、中山にいたなら、グラスワンダーは勝てるのか?と、疑ったりせず、グラスワンダーは"どんな勝ち方をするのか?"と、彼の勝利を確信して、相変わらずの100円券を握っていたと思う。

靄が覆う師走の空の下、少年達が馬場へ飛び出した。
ポンッと好スタートを決めたのは、武豊と函館のチャンピオン、アグネスワールド。
彼らがレースを引っ張るかと思いきや、外から7枠の2頭が交わして、ハナを奪い取った。
岡部のシンボリスウォード、そしてこのレースを、愉快なモノに変化させた小池のマウントアラタである。

グラスワンダーは中団の外目。6枠11番という、中山の1600では、やや不利とされる枠に当たったが、的場に焦りは微塵もなかった。無理をして内も狙わない。道中は、グラスの気の向くままに駆けさせた。

前方で、グングン飛ばすマウントアラタが、前半800mの地点を45秒台のハイラップで通過した時スタンドが騒めいた。

グラスワンダーが浮上を開始。この時、彼が見せた走りは、何度見てもゾクゾクする。的場に軽く促されると、まるで宇宙空間をワープする物体の様に、時空を超え、先頭集団へ並びかけた。

ここまで、全て馬なりで走ってきたグラスだったが、この朝日杯で、初めて鞭を入れられた。
坂の下、的場が右ムチを2発入れると、先に抜け出していたマイネルラヴと蛯名を、あっという間に捉え先頭へ立った。中山名物の急坂も、彼に掛かれば平坦になるのか!と、思ってしまうくらい、その走りは強烈だった。

内から福永のフィガロが迫って来た。しかし、時空を超え、コース形状も変化させんとする異次元のワンダーホースには、誰も見えていなかった。
着差は2馬身半、とデビュー以来、最小着差だったが、勝ちタイムは、1:33.6。スーパーカーの異名を持ったマルゼンスキー、同じく的場が手綱を取ったリンドシェーバーを上回るレコードタイムだった。

ただ、時計なんてものは、道中のペースによって変化する水モノ。
このレコードタイム樹立には、ハイラップを刻んだマウントアラタの役割も大きかったと思う。

グラスワンダー的には、4角前、それと最後の直線で見せたパフォーマンスを、評価してやらなくてはならない。

さて、ではその評価は?

世界が束になっても敵わない怪物。

この一言で、どこの国へ行っても、誰にでも説明出来る。

その後、彼は自分と同年代で、同じく怪物クラスの駿馬と遭遇するわけだが、その物語はまたどこかで…。

阪神へ引っ越して、3年目。
全く個人的な嗜好ですが、朝日杯は中山が良かったな。と思っています。
外枠に入れば、ゲートオープンの前から半分終了。という、あの枠の差が面白かった。

もしも外枠に、グラスみたいなバケモノが入った時、果たして、その馬はどの様に、この不利を覆すのか?という、馬券とは関係ない興味が溢れていました。

しかし、いつまでも昔日を反芻していては、何も進まない。この朝日杯から、クラシック、更にはその先も賑わす逸材が誕生する事を願い、私はミスエルテと心中します。