00年朝日杯覇者メジロベイリー、老衰のため死亡

記事「00年朝日杯覇者メジロベイリー、老衰のため死亡」のサムネイル画像

2000年の朝日杯3歳S(G1、現・朝日杯FS)を横山典弘騎手とのコンビで制し、同年のJRA賞最優秀3歳牡馬(現・JRA賞最優秀2歳牡馬)を受賞しいたメジロベイリーが老衰のため、けい養先である青森県の東北牧場で亡くなったことが明らかになった。28日、同牧場がツイッターで発表した。24歳だった。

メジロベイリーは2000年9月に札幌の芝1800mでデビュー。デビュー戦は5着に敗れ、初Vまで4戦を要したものの、5戦目の朝日杯3歳Sを制し、G1初制覇を果たした。しかし、その後は皐月賞に向けて調整されていたが、脚部不安を発症し長期休養に入り、約1年後に復帰するも2戦使われた後に屈腱炎を発症し、2002年の大阪城S(4着)を最後に引退した。

引退後は青森県の諏訪牧場に繋養され、初年度産駒は35頭が登録。種牡馬としては2015年中京記念・2着のアルマディヴァン、オープンまで出世したグレートチャールズなどを輩出。

2009年よりビッグレッドファームにけい養され、2012年10月には現在のけい養先である青森県の東北牧場へ移動。2017年をもって種牡馬を引退すると、翌2018年より引退名馬繋養展示事業の助成対象馬となり、健やかに余生を過ごしていた。

メジロベイリーは父サンデーサイレンス、母レールデュタン、母の父マルゼンスキーという血統。現役時代は7戦2勝。メジロベイリー号のご冥福をお祈りします。