2001年ダービー&JC制覇のジャングルポケット死す、23歳
2001年に日本ダービーとジャパンカップを制し、同年のJRAを代表する名馬となったジャングルポケット(牡23)が2日、繋養先である北海道沙流郡日高町のブリーダーズスタリオンステーションで死亡したことが明らかになった。同日、JRAが発表した。株式会社サラブレッド・ブリーダーズ・クラブ事務局・遠藤幹氏によると、昨年秋から体調を崩して治療にあたっていたが、体調は回復せず、そのまま亡くなったという。
ジャングルポケットは2000年9月に札幌の芝でデビュー。2戦目の札幌3歳Sで重賞初勝利を果たすと、翌2001年は共同通信社杯を勝利。クラシック戦線では三冠初戦の皐月賞で3着に敗れるも、日本ダービーを優勝。三冠目の菊花賞では4着に敗れるが、秋2戦目のジャパンカップを勝利し、同年のJRA賞年度代表馬と最優秀3歳牡馬に輝いた。翌2002年は阪神大賞典と天皇賞(春)でいずれも2着、秋はジャパンカップ・5着、有馬記念・7着と勝ち星を挙げることはできず、有馬記念を最期に引退した。
引退後は種牡馬として北海道沙流郡日高町のブリーダーズスタリオンステーションで繋養され、牝馬G1・2勝のトールポピー、2008年の菊花賞馬オウケンブルースリ、2009年のエリザベス女王杯を逃げ切ったクィーンスプマンテ、2010年の天皇賞・春を制したジャガーメイル、2011年の秋華賞馬アヴェンチュラ、同年の天皇賞・秋をレコードで勝利したトーセンジョーダンなど、6頭のJRA・G1ホースを送り出した。昨年2020年に種牡馬を引退し、その後も同牧場で余生を過ごしていた。
ジャングルポケットは父トニービン、母ダンスチャーマー、母父Nureyevという血統。ジャングルポケット号のご冥福をお祈りします。